文化ってなんじゃい? LIVESTRONG考

ハーイ、こんばんわ!
おはようからおやすみまで、みんなのバンコク生活をみつめる
「サイアム系で行こう」の時間だよ!
そんなわけで、昨日の夜もトンローの某パブに行って、
タイ人のお姉ちゃんを熱い視線でみつめてきたわけなんですけれども!
しかし、しかしですよ!
その目線の先は顔とか胸元ではなくって、手首に集中させてたわけですよ!
そう。LIVESTRONGリストバンドの装着率調査です!
カウントした人数は80人。客はたぶんその3倍はいたと思いますが、
酔ってて面倒くさくなったのでやめました。
前置きはこれくらいにして、結果発表!
装着していたのは80人中、なんと6人!(うち一人は日本人。というかTeppei)
ちなみに、ミニスカートとかキャミソールなど、
露出度の高い服を着ているお姉ちゃんの装着率はゼロ!
逆に最近は「胸の谷間出しルック」が流行ってるみたいです。
※「じゃあ、あんた、手首だけじゃなくって胸元にも視線を集中させてたんじゃ~ん!」というツッコミは却下します。
う~ん……やっぱり廃れてきてるというのが僕の結論です。
早いなぁ。残念だなぁ。
(ここから急にトーンダウン)
同じネタで二回もエントリ書くのは恐縮ですが、
やっぱり僕的には残念なわけですよ。これがこんなに早く廃れちゃうのは。
なんでこんなに残念がるかって言うと、
僕はここに「新しい文化の芽生え」を感じてたからです。
さて、こっから急に話が大きくなります。文化とはなんぞや? って話です。
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諸説いろいろあるかと思いますが、
僕的にざっくり「文化」を定義すると
「物事に、本来はなかった新しい価値を見出したり、付け加えたりする人間の営み」だと思ってます。
例えば音楽。
僕は音楽の起源がどこにあるのかなんて金輪際知りません。
なので勝手な想像で書きますが、
「音楽」がこの世に存在する前は、
単なる「音」しかこの世にはなかったわけです。
それが、「物を叩いたり弾いたりする事で音が作りだせる」こと、
「声帯を意図的に震わせることによって音が作り出せる」ことなどが、
いつしか人間によって発見され、「これを意図的にやったら面白いよ!」
と思う人が出てきた(=新しい価値が見出された)ことによって、
「音楽」というものがこの世に生まれてきたと。
そういう行為が文化なわけです。
そして、「よりよい音を作る」という価値観によってさまざまな楽器が作られ、
それを扱う者=ミュージシャンは「よりよい旋律」をこの世に生み出していきます。
その旋律は、聞き手によって「どのくらいよいのか」という価値判断をされ、
「よい」というものだけが後世に伝えられていきます。
ミュージシャンや、楽器職人、音楽評論家などが
社会で一定の位置を勝ち得るのも、やっぱり「新しい価値」になります。
時代によっては「社会の外れ者」という位置だったりしますが、
それも「新しい価値」です。
「音」は、本来は単なる空気の振動に過ぎません。
それが、楽器を作ったり、それを組み合わせたり、
上手に使う者が賞賛を勝ち得たりして、そこに「新しい価値」を
付け加えていく人間の営み。それこそが文化だと僕は思っています。
単に体の重要な部分を隠し、熱や外傷から守るためにまとうただの布に、
デザインや流行という概念を取り入れたファッションも文化です。
ただの見た目にすぎない風景を、記録にとどめ、
より美しく残そうとして写真機を発明し、
角度や撮り方を工夫したり、展示して多くの人に見せる、写真も文化です。
こんなことを僕は文化だと思い、カルチャーだと思っているわけです。
もちろんこれは広義の定義です。
この定義で行くと、政治も経済も文化の仲間入りしちゃいますから。
ちなみに言っておきますが、これは鴻上尚史の受け売りです。
でも、自分の言葉で語ってるし、ちゃんと消化してるので許してください。
でもって、話はまたLIVESTRONGリストバンドに戻ります。
これに僕が感じていた「新しい文化の芽生え」とは、
まさに新しい価値観の芽生えなわけですよ。
だってそうでしょう? 元は単なるゴムバンドですよ!
本来なら一切、何の役にも立たないものですよ!
これに、
・肌触りがよく、品質も劣化しにくいゴムを使い、
・デザインに凝ることでファッション性を高め、
・言葉を刻むことでメッセージ性を高めて「着用者が他人にメッセージをさりげなく送っている」状態を作り出し、
・その売上が社会的弱者や問題を抱えている人の役に立つ、
・着用者はそのおかげで社会問題の解決に寄与することができる、
・著名人が着用することでさらに価値がアップ。
という、何重もの価値観が付加されているわけです。
ね? これってすごいことじゃないですか?
もちろん、いま挙げたことって、
チャリティグッズとかチャリティコンサートでもある程度実現できてるわけなんですが、
これらの特徴というか、ある意味限界だったのが「チャリティ色が強い」ということだったわけです。
つまり、これらチャリティ物は大抵「チャリティです!」と宣伝されていて、
これらのグッズを買うとき、コンサートに行くとき、
僕たちは「チャリティ」という言葉を意識せずにはいられないわけです。
人によっては、そこに偽善の匂いを感じてしまうでしょう。
すると、純粋にそのグッズが欲しくて買うとか、
純粋にコンサートが見たくて行くなんてことも難しくなってしまうわけです。
ところが、このLIVESTRONG。
少なくともタイの場合は、チャリティよりも先にファッションが立ってるわけです。
買う人は「これ買ったらだれかに寄付される」くらいは知っていても、
なんの役に立つとかまったく知らない人も多くて、
むしろファッションとして純粋にリストバンドが欲しくて買ってるわけです。
(ほしいのは「格好」だから、パチもんもいっぱい出回るのですが……)
チャリティをことさらに意識させないチャリティ。
これって、少しだけかもしれないけど画期的なことじゃないかなぁ、
と僕は思ってて、ちょっと期待していたわけなんです。
でもこの廃れよう……。
もともとファッションなだけに仕方ないとは思いますが、
なんだか夢見すぎちゃったみたいで残念です。