タイ語字幕と「いただきます」。

ここ半年、バンコクで日本映画を見る機会が増えてきています。
昨年末にはHouseで北野武フェアを3カ月間開催してましたし、
1月にはバンコク国際映画祭があったし、
今年2月からは岩井俊二の作品が立て続けに3本公開されました。
でもって、つい最近では『世界の中心で、愛を叫ぶ』『いま、会いにゆきます』『東京ゴッドファーザー』なんかがやって来ました。
僕は、日本映画大好きなので時間がある限り行っています。
で、最近はタイ語の勉強も兼ねてタイ語字幕も読もうと頑張ってるのですが……。
最近気がつきました。タイ語字幕ってかなり変! だってことに。
①僕でも気がつく翻訳ミスがときどき。
「彼って私のことどう思ってるんだろう?」が
「彼、私のこと好きなんじゃないかな?」みたいに
ニュアンスが変わっちゃう訳がけっこう頻繁に。
②字幕と台詞のタイミングが思いっきりずれることも多い。
大抵、何もしゃべってないシーンにいきなり字幕が出て、
その直後のシーンでその内容の台詞が出てくるケースがちょくちょく。
③タイプミスもちょくちょく。
いや、僕あんまりタイ語読めるわけじゃないんですよ。
たぶん小学校2年生の教科書が読めるレベルだと思うんですけど、
そんな外国人でもわかるタイプミスがときどきあるんです。
タイの映画業界も低予算で頑張ってるんだろうなぁ、としみじみ感じました。
さらにしみじみ感じたことがもうひとつ。
それは、「いただきます」です。
タイ語には「いただきます」にあたる言葉がありません。
たぶん「いただきます」がある言葉ってそんなにないと思うんですけど、
字幕ではどう訳してるんだろうなぁって思って注意して観たわけですよ。
そしたら、
「もう食べちゃうね」(ジャ・キン・レーオ・ナ)
「ご飯(を食べられることに)にありがとう」(コープクン・サムラップ・カーオ)
「お百姓さんありがとう」(コープクン・チャオナー)
なんて感じに訳されてました。
どれも間違ってないですけど、どことなく物足りないような気もします。
僕的には「いただきます」って、
この三つを全部含んでるような言葉だと思うんですよ。
周囲の人間に対して自分が食べることを呼びかけ
(その中には「一緒に食べ始めましょう」ってニュアンスもあり)、
自分が今日もおいしいご飯を食べられるということへの喜びがあり、
さらに、そのご飯を作ってくれたお百姓さんや、
食事を構成している数々の「いのち」に対する感謝。
たかだか6文字で、これらのことを表現できてしまうわけです、
この「いただきます」という言葉は!
これって、もしかしたらすごい言葉なんじゃないだろうか?
すばらしい日本の文化なんじゃないだろうか?
なんてことを思って、
純愛映画を見ながらしみじみと思ってしまったわけですよ。
いい言葉ですよね、「いただきます」。
やっぱ食事のときには言うべきでしょう。
そんなわけで、タイ語を読んで日本文化について考えた夜でした。
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ちなみに下の写真は大戸屋バンコク店の焼きアジ定食。
なんか「いただきます!」って感じ、しないかな?
大戸屋